那和秀峻の思いつくまま
日記とは別のテーマを思いつくまま、不定期更新していきます。ジャンルはいろいろ変わりますので、まあ「チラシの裏」かも知れません(笑い)。


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那和秀峻の気まぐれブログへようこそ。エッセイと呼べるほどのものはない駄文、つまり似非を綴っていきます。気が向いたらごらん下さい。



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英文カメラ雑誌「カメラアート」の思い出(1)
毎日新聞は70年安保の激動の中で辞めざるを得なくなり、それから71年なかばまで「空白」の時間が続きます。その空白期間については、いずれ書くことになるでしょう。71年の6月ごろだと記憶していますが、無職だった私は新聞募集を頼りに、いくつかの会社、と言っても、編集やデザイン会社を受けました。小さなデザイン事務所にも合格したのですが、同時に受けていた「カメラアート」という英文カメラ雑誌の編集のほうが面白そうだったので、そちらに行くことにしました。

編集長は等々力國香さんで、温厚な人ですが、懐の深い方で、いまでもお元気でパソコンをやっておられるようです。先輩は辻徹直さんで、口は悪いのですが、面倒見のいい人で、いまでもテクニカルライターとして「日本カメラ」のカメラ年鑑などを担当されています。同僚は榊京子さんで、アメリカにいたこともあり英語がぺらぺらで、口の悪さは相当なものでしたが、反面純粋なところを持った女性でした。編集関係はこの4人で、あとは野口社長、等々力経理部長(のちの社長)、安井営業部長という、こじんまりした、私好みの会社でした。

それまで私は趣味としては子供の頃から、仕事としては英文毎日で写真を撮ってきましたが、カメラメカニズムを勉強させてもらったのはこの「カメラアート」でした。この「カメラアート」という雑誌は、昔、「サンケイカメラ」という産経新聞のカメラ雑誌編集に少し関わっていた等々力さんが、日本のカメラや写真を海外に紹介するために創刊したものです。いちばん有名なのは細江英公氏の写真集「男と女」を出版したことでしょう。また、昨年亡くなりましたが、横須賀功光氏のデビューにも力を貸したりしたこともあるそうです。

私は日本語の原稿を英文に翻訳する仕事をまず与えられました。カメラの新製品ニュース、カメラ実写レポート(昆田亨さんという故佐藤明氏と同期のカメラマンが担当していました)、写真批評(有名な渡辺勉さんが書いていて、最初はアメリカ系の鈴木さんという鈴木大拙の孫が翻訳をしていました)と口絵写真で構成されていました。翻訳のチェックはジョージ村上さんという日系アメリカ人で、この人が直した英文を見て、ずいぶん勉強させられました。そのほかにも、数人外部の翻訳者がいたようです。

この「カメラアート」には若手の写真家たちがひんぱんに出入りしているのも楽しい思い出です。田中長徳さん、中川政昭さん(故人)、榎本敏夫さん、遠藤知有さん、宮内勝さん、中川十内さんなどが常連メンバーでした。ときには作品を持ち込んでくることもありましたが、たいていはカメラアートと交換本をしている、モダン・フォトグラフィーとか、ポピュラー・フォトグラフィーとか、カメラ(いわゆるスイス・カメラ)などの海外の雑誌を中心に、もちろん、日本のカメラ雑誌もよく見ていました。

ここでは辻さん、榊さん、私と3人がいっしょに昼食に行っていましたが、安くて旨い店を見つけに、遠出して、2時間も昼休みをとってしまう、なんていうこともしょっちゅうやっていました。さすがに英文毎日のように勤務時間にビールを飲んだりすることはなかったのですが(笑い)。カメラのメカニズムを覚えるのが楽しくて、またカメラ雑誌も以前から購読していた「アサヒカメラ」だけでなく、「カメラ毎日」、「日本カメラ」、「フォトアート」、「日本フォトコンテスト」、「写真工業」などが読めるのも楽しい仕事でした。もちろん、海外の雑誌も若手写真家たちと同じように、いろいろ読んでいました。(続く)


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